からあげの賞味期限

あつくても、さめてもおいしいアイドルの話。

サブリミナルV6と、ミッションV6

アラサー世代ならわかって貰えると思うけれど、私たちの世代は最後の歌番組世代だったように思う。
夜もヒッパレ、速報!歌の大辞テン、うたばん…。
ゆず派と19派、剛派と光一派。好きでなくてもそこらへんの話題は他愛もない話のネタによくなっていた。

そんな世代の私、後付けな気もしなくもないが、幼い頃からV6に浸かっていたように思う。デビューの頃は知らない。森君の脱退は覚えているから、気にしてなかったのだと思う。でも、初期の楽器であり、ティガの主題歌であるTake me higherは馴染み深い。運動会のBGMに使われ、未だにこれを聞くと走らねば!という気持ちになる。
そしてJ-Friendsはクラスのジャニヲタ女子達の熱意によって音楽の授業で採用されていた。長野君がレコーディングで喉から血を吐いた歌は私のレパートリーである。Darlingの肩宙は記憶にある。あと、「夏のカケラ」のカミセン@Mステ。Honey Beatの回のうたばんも覚えてるなぁ…。

何よりも私がV6に無意識に触れていたなぁと思うのは伊東家の食卓学校へ行こう!だ。伊東家に関してはそのうち別記事にしたい。
よくあることだが、我が家は夕食の時にテレビを観ていた。特に家族がハマった番組は録画して全員が揃った時に観ていた。学校へ行こうはまさにその枠に該当する番組だった。余談だが、ほかに炎のチャレンジャーも長らくその座にいた。

なので、有名な修学旅行でピラミッドを作る下りも、エンストした車を押すのもリアルタイムで観ていた。co.慶應のラップなんてまだ歌えそうだ。気がつけばV6。ちなみに当時の私はありとあらゆる作品に推しているジャニーズの名前を書く子たちを「そんなにいいかー?」思いながら見ていた系である。今の子たちでもやってんのかなー?

どちらかといえば小馬鹿にしていた私がジャニーズを聞きだしたのは大学の頃だった。レポートを学校でする際に気晴らしに嵐や関ジャニを見ることにハマったのである。ところが関連動画で 跳ぶ度にV6が出る。最初は申し訳ないことにジャマだなぁ…と思っていた。なぜなら、学校へ行こうのやつは観たことあるやつばかりで知ってるんだもの。ところが、何かの拍子でコンサートのメドレーを観たのだ。…知ってる曲ばっかりで嬉しくなった私はレポートのBGMで狂ったようにそれをリピートした。とりあえず隣の友達に見せたのは覚えている。

「え、今更V6?」と友達は笑いながら見てくれたが彼女が興味を持つことはなかった。私も当時はAKB48が好きでベクトルはそちらに傾きかけていた。
しかし、それを呼び戻したのは動画を見せた友達だった。
「まだV6好き?別の友達が深夜でやってるV6の番組がユルすぎて見ちゃったって言ってたよー、あなたもみた?」と後日私に聞いてきたのだ。動画しか追ってなかった、現在の動向とか気にしてなかった。盲点。

え、知らないんだけど…!!V6が深夜!?ユルいバラエティー?!なんだか、ちょっとショックだった。よく考えてみればVシュラン(これもちょいちょい見てた)も深夜なんだけれど、あれは私の中で情報番組という位置付けなので問題なかった。ゴールデンの時間帯に派手なセットで、しかも観覧席があって、豪華なバラエティーをしてたのに?V6はそんなアングラになってしまっていたの…?!という気持ちでいっぱいだった。

ただ、アメトークにハマり、お笑いにもハマっていた私は、その一方で深夜番組の独特のユルさとか、チャレンジっぷりが好きだったので、V6が深夜でバラエティーという響きに凄くワクワクした。斬新ではないか、と。
よくよく遡ればV6病棟とかマッハとかも深夜番組なんだろうけれど、我が家で深夜番組を観るという選択肢はなかったので知らなかった。番組表をチェックして、放送日を待ち望んだのはひさびさだった。
結果として、ミッションV6が私をジャニーズの世界に、V6に引っ張り込んだのだ。
そんなミッションV6は愛しすぎるのでまた別記事にしたい。

つまりはアラサーは、V6にハマるべくしてハマる世代だってことが言いたかっただけである。笑
ミヤケケンの言葉を借りるなら「賛否両論あるだろうけれど」24時間テレビはV6にとって、新しいステージへの追い風になるのではないかな、その追い風の主力勢は普段はジャニーズを見ない、けれど気がついたらV6が隣にいたアラサー世代である、と思っている。